めんたいこ日記

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【ネタバレなし版】恋がしたくなるか?否。でも、パン屋に駆け込むことになる〜錦見映理子『恋愛の発酵と腐敗について』について

 

 


錦見映理子さんの小説『恋愛の発酵と腐敗について』(小学館)は、太宰治賞受賞作である『リトルガールズ』に次ぐ2作目。『リトルガールズ』が大好きだったので、AppleBooksでの配信版も楽しみに読みました。

で、読んだ結果起こった現象が、これ。↓

 

登場人物〜やばいパン屋と女たち

登場人物は、ざっとこんな感じです。

  • 万里絵…会社を辞めて「紅茶の店マリエ」をオープンさせた女性。20代の終わり。
  • 早苗…マリエの客で、同じ町内のスーパーでレジ打ちをしている43歳の女性、夫を9年前に亡くしている。
  • 虎之介…えーと、えーと、パン屋です!!!!30代。
  • 伊都子…虎之介の妻で、スナック「ルビー」の店主。50代。
  • 三上…マリエの向かいの酒屋さん。
  • 矢崎…万里絵の元上司。

 

虎之介は一言でいうとやばいパン屋なのですが、彼を中心に、主人公の万里絵や早苗、伊都子が絡み、そこに、万里絵のことが好きな男たちも出てくるんですね。いかにも、いかにもな感じがするでしょう?

 

でも、なんかそうじゃなかったんですよね。

 

例えば、〈読んだらもう一度恋がしたくなる…!〉というような惹句が似合う恋愛小説の名作も世間にはたくさんあるのですが、この「恋発」は全然、そういう感じではありませんでした。でも、読後の感動が体中を駆け巡った結果、パン屋に駆け込んでサンドイッチを錬成する、そういうことは起こったのでした。

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手作りしたサンドイッチって美味しいな〜!って思ったの。

 

「恋愛」をイチから腑分けする試み

2022年である今、恋愛をするもしないも自由、押し付けるなんてもってのほか、というのは前提として共有しておきたいのですが、前作『リトルガールズ』でもそうであったように、別に錦見さんは、手放しでヘテロの恋愛を称揚しているわけではないんですよね。

 

この小説では、恋愛の過程をパン生地の発酵になぞらえているのがポイントですが、背景にあるのは、「恋愛」を〈関係〉と〈感情〉と〈行動〉にバラして観察してみたい!という探究心ではないでしょうか。

作中にみられる関係性は、カフェの店主と仕入先のパン屋、元上司と部下など、けっこう“よくある組み合わせ”のように見えます。でも、この“型が決まっている”ところが実は重要です。パンの型は決まっているなかで、どれだけ生地をこね直して新しいパンを焼成できるか。錦見さんはそんな試みをしているのだと思います。

そのような意味では、「恋愛小説かぁ、ちょっと苦手だなぁ…」と思う方にも、手にとっていただきたいなぁと思う1冊です。

 

とはいえ、序盤から中盤にかけてのスリリングな展開もやっぱり恋愛小説らしい見どころでしょう。だって一人で慎ましく暮らしていた43歳の女性が突然ものすごい恋に落ちたらどうなると思います???急速に発酵していく感情が巧みに(そして面白く)描かれるので、本当にページをめくる手が止まりませんでした。

 

肉声を感じる心地よい文体も健在です。私、『リトルガールズ』のときに紅茶を飲ませていただくようなイメージを持っていたんですけど(下記)、なんと2作目で読者として「マリエ」で紅茶を楽しむ展開になりました。すごくない?

 

私の感動の根幹は、まさに物語の結末に関係するので、別の記事に書きたいと思います。

そして、明日、錦見さんとインスタライブでお話しします!やばい創作ノートを見せていただけるらしいですよ!読者代表としていろいろなお話を伺えたらと思います。