めんたいこ日記

鯨井可菜子が短歌について書くところ

希望を持ってもよい、という希望―錦見映理子『リトルガールズ』評

 

リトルガールズ (単行本)

リトルガールズ (単行本)

 

年末、旅行の道中に読んだらあまりの良さにぼおっとしてしまいしばらく言葉が出てこなかった。

 

第34回太宰治賞を受賞した、錦見映理子の小説デビュー作。 

相模湾に流しちまった語彙をなんとか拾い集めてツイートした内容から、以下、再構成します。

 

多視点による語り-登場人物は多いのか?

本作には、中学生の「桃香」と桃香が通う中学校に務める教師「雅子」の2人をメインに、桃香の両親、友人、雅子の同僚の教師、など彩り豊かなキャラクターが登場する。彼らの視点が入れ替わりながら物語が進むことが、特徴の一つと言える。

 

登場人物が多い、という感想があることを耳にしたけれど、私は多いと感じなかった。

それは、一人ひとりの顔だちや振る舞いがはっきりと浮かぶ、造形や描写の確かさがあるからではないだろうか。

明らかにヤバみのある「行人」や絶対仕事できるけどいい加減やろっていう「早瀬」(いるんだよなこういうカメラマン)にもどこか愛着を感じてしまう。血肉のかよった人物であると思う。

 

さらに、ある特定の(特殊かつ狭い実在の)街が舞台であることも、立体的な交友関係を描き出すのにうまく働いていて、説得力を生んでいる。

(いわゆる「世間って狭いね」現象が起きているんだけど気にならなかった) 

(「ある特定の街」がどこかは大きなネタバレじゃないけど、伏せます)

 

これは「何の話」だったのか?

この物語が手渡してくれるものは、

生きることの肯定、

芸術へのゆるぎない信頼、

そして何よりも、多様性を認め合う世界への希望、

だと私は思う。

いろんな出来事があり、以前より格段によくなっているけれどもやっぱり駄目だ…と落ち込むことも多かった2018年の最後に

〈多様性を認め合う世界への希望〉を持ってもいいんだ、という希望を感じることができた。うれしかった。

(これを書いている1月4日現在は、パイ投げの広告にまた若干傷ついているけれども)

 

文体の心地よさ、描写の美しさ

文体は今っぽい口語も多用していながら品がよく、親しみやすい。読み手を脅かすことなく、すっと入ってくる。もう言ってしまえば、読みやすい!!!(説明放棄)

そして描写の美しさと巧みさにも触れておきたい。終盤、179ページ冒頭からの雅子の視点による風景の描写は白眉。

 

志村貴子さんの装画もよく合っていて素敵だった。コミカライズされたら最高じゃないのって本気で思う。心の機微をていねいに紡いだ『こいいじ』とてもよかった。(掲載誌「kiss」にて先日完結。みごとなエンディングでした)

 

これから読むのは『めくるめく短歌たち』(書誌侃侃房)。「NHK短歌」連載時(連載時のタイトルは「えりこ日記」)から好きだったんだけど、文体の心地よさはなるほど同じものだったのかと今気づきました。

めくるめく短歌たち

めくるめく短歌たち